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#064 回数券は、なぜカードで売れないのか — 決済審査が「前払い」に厳しい本当の理由

#064 回数券は、なぜカードで売れないのか — 決済審査が「前払い」に厳しい本当の理由

「回数券や前払いにはご利用いただけません。」

これは、ある大手キャッシュレス決済サービスが加盟店向け FAQ に掲げている一文です※1。治療院で 10 回分の施術回数券を、サロンで 3 か月のコース契約を、カードで売ろうとした経営者が最初にぶつかる壁がこれです。自分の店のサービスを前売りしているだけなのに、なぜ決済の世界では「扱えないもの」になるのか。

日本のキャッシュレス決済比率は 58% に達しました※2。ところが美容サービスの店頭では、いまも 58% が現金メインという調査※3。数字がきれいに反転するこの業界の背景には、手数料だけでは説明のつかない構造があります。本稿ではその構造、つまり「前払いビジネスが決済審査で止まる理由」を、規約・事故・法律の三つの層から解いていきましょう。審査に落ちた後の動き方は別稿(#049)に譲り、本稿は「なぜ止まるのか」の一点に絞ります。

決済会社から、回数券はどう見えているのか

店側から見た回数券は、常連客への割引と、まとまった前受金という、ごく普通の商売の道具です。ところが決済会社の側から見ると、同じものがまったく違って見えます。カードで決済された回数券は、「まだ提供されていないサービスの代金」。もし店が途中で閉じれば、未消化分の返金を求める声はカード会社と決済会社に向かい、立て替えた資金の回収リスクを最終的に背負うのは決済側になります。

この見え方の差は、各社の規約にはっきり現れています。書きぶりは一枚岩ではありません。

表 1 回数券・前払いに対する主要サービスの規約スタンス

同じ回数券が、あるサービスでは一律 NG、別のサービスでは 5 万円と 1 年という数字で区切られ、また別のサービスでは設計次第で通る。つまり「回数券がカードで売れない」は半分正しく、半分不正確です。正確には、前受金の重さに応じて、通れる道が細かく分かれている。そしてこの線引きは、クレジットカードに限りません。QR コード決済や電子マネーの側にも、回数券を商品券などと同じ「有価証券等」に並べて取扱いを認めない規約があります※6。

警戒の裏には、毎年の大型倒産がある

決済側はなぜ、ここまで前受金を警戒するのか。近年の倒産の記録を並べると、答えは説明を要しません。

2022 年、脱毛サロン「脱毛ラボ」運営会社が破産。負債約 60 億円、債権者約 3 万人※7。2023 年 9 月には「C3」のシースリーが破産し、負債約 80 億円、債権者は約 4 万 6,000 人※8。同じ年の 12 月には「銀座カラー」。負債約 58 億円に対し、債権者は約 10 万人と過去最大規模と報じられています※9。2024 年 12 月には医療脱毛のアリシアクリニックが 2 法人合計で負債約 124 億円、債権者は 9 万人超※10。そして 2025 年には大手脱毛サロンのミュゼプラチナムが破産手続の開始決定を受け、前払い済み会員への返金は現時点で見通しが立っていません※11。

毎年一件、大型の前受金破綻が起きている計算です。エステ業の倒産件数自体も 2024 年に過去最多を更新しました※7。この構図の原型は、2007 年の英会話学校 NOVA。受講料を先にまとめて集め、後から消化していく前払い方式で、破綻時の負債は 439 億円、受講生は約 30 万人に及びました※12。前受金を運転資金に回して拡大する経営が止まると、その瞬間、「サービスを受け取れない支払い済みの客」が大量に生まれる。20 年近く前から、同じ形が繰り返されています。

ここで押さえたいのは、役務の前受金には、商品券のような法定の保全の仕組みが基本的に働かないという点です。倒産後の報道で「保全策なき前払い商法」と表現されたとおり※10、店が倒れたとき、支払い済みのお金を守る制度の網はほぼありません。分割払いなら割賦販売法の抗弁で以後の支払いを止められる余地がありますが、一括払いの返金は確実ではない※13。だからこそ決済側にとって、事前の加盟店審査が実質的に唯一の防波堤になります。審査が厳しいのは、出口で誰も守れないからです。

法律も「いつでも解約できる権利」を保証している

もう一つの層が、法律です。エステティック、美容医療、語学教室、家庭教師、学習塾、結婚相手紹介、パソコン教室。この 7 業種は特定商取引法の「特定継続的役務提供」にあたり、一定の期間と金額を超える契約(エステなら 1 か月超かつ 5 万円超)には、クーリングオフに加えて中途解約���が法律で保証されます※14。

中途解約時に事業者が受け取れる違約金にも上限があります。エステの場合、2 万円か契約残額の 10% の低いほうです※15。

決済側の目線に置き換えると、こうなります。特定継続的役務の回数券・コース契約は、決済が済んだ後もずっと、法定の返金可能性を抱え続ける取引である。時間が経っても消えない返金の可能性を、決済側は与信リスクとして抱え続ける。業種と料金体系を見て審査が慎重になるのは、担当者の裁量ではなく、この構造から来ているとされます。

審査に通れば、回数券を売っていいのか

ここに、もう一つ見落とされがちな落とし穴があります。加盟店審査に通ったことと、回数券をカードで売ってよいことは、別の話です。

審査は店としての受け入れの入口にすぎず、何を決済してよいかは規約が決めています。都度払いの施術で審査に通った店が、後から回数券をカード決済に載せれば、規約違反。規約上、回数券の決済は振込金の保留やアカウント利用停止の対象となりえます※4。入口と出口は別の門で、しかもこの線引きは決済手段ごとに違う。カードで駄目だから QR で、という迂回も、多くの場合は同じ壁に当たります※6。

では、前払いをどう設計するか

構造が分かれば、打てる手も具体的になります。

一つ目は、回数券そのものを「審査が容認できる形」に設計し直すことです。表 1 の条件付き容認型が示すとおり、期間を 1 年以内に収め、中途解約の規定を契約書に明記し、未提供分は全額取り消せるようにする。法定の精算ルール(違約金上限)を先回りして組み込んだ回数券は、決済側からのリスクの見え方がまったく違います。

二つ目は、前受金そのものを軽くすることです。都度払いへの回帰や月謝・サブスク型への移行は、審査対策である以上に、客との信頼の設計そのもの。エステ市場の調査では、6 年続いた市場縮小が 2026 年度に 7 期ぶりのプラスへ転じる予測とともに、「都度払い導入に信頼回復の兆し」と報じられました※16。毎年の大型倒産を見てきた消費者の側が、まとまった前払いを避け始めている。前受金を軽くする設計は、その変化への適応でもあります。

三つ目は、申し込む前に書類を整えることです。料金表が回数券と前払いコースだけで構成されていると、それ自体が審査の懸念材料になるとされます。都度払いメニューの併記、解約・返金フローの明文化。審査に出す前のこの準備が、結果を大きく左右します。なお、長期・高額の前受に対応することを明示した業種特化型の決済サービスの存在も、選択肢の一つとして知っておいて損はありません。

私たち FinGo は決済端末のメーカーで、審査そのものに関わる立場ではありません。ただ、店頭の決済まわりの相談では、料金体系と決済の制約がセットで話題になる場面によく出会います。設計を整えたうえで、それでも審査に落ちたときに何をするか。その先は#049で整理していますので、あわせてどうぞ。端末側の疑問であれば、いつでもお声がけください。

出典

※1 楽天ペイ(実店舗決済)加盟店向け FAQ「回数券や前払いにも利用できますか?」 https://merchant-help.pay.rakuten.net/回数券や前払いにも利用できますか?-619a5259154eba001d96bbc1

※2 経済産業省「2025 年のキャッシュレス決済比率を算出しました」(58.0%) https://www.meti.go.jp/press/2025/03/20260331006/20260331006.html

※3 インフキュリオン「決済動向 2025 年調査」(美容サービスの店頭は 58%が現金メイン) https://insight.infcurion.com/business/2025-cash-decline-while-payment-app-expand/

※4 Square ヘルプ「回数券・継続的役務:Square におけるカード決済のご利用制限」 https://squareup.com/help/jp/ja/article/6029-jp-only-limitation-in-square-card-payments-for-continuous-services-ticket-sales

※5 Airペイ加盟店規約(第 29 条) https://cdn.p.recruit.co.jp/terms/ary-t-1004/index.html

※6 PayPay「販売または提供禁止商品について」(回数券その他の有価証券等) https://paypay.ne.jp/notice-merchant/20181203/323/

※7 東京商工リサーチ「エステティック業の倒産動向」(2024 年 1-11 月 99 件・過去最多/脱毛ラボ破産) https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1200762_1527.html

※8 帝国データバンク 倒産速報「株式会社シースリー」(2023 年 9 月) https://www.tdb.co.jp/report/bankruptcy/flash/5003/

※9 東京商工リサーチ「株式会社エム・シーネットワークスジャパン(銀座カラー)」(2023 年 12 月)/東京新聞(債権者約 10 万人・過去最大規模) https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1198217_1527.html https://www.tokyo-np.co.jp/article/296936

※10 日本経済新聞「医療脱毛「アリシア」倒産被害 保全策なき前払い商法」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC237KF0T20C25A1000000/

※11 ミュゼプラチナム破産管財人 公式サイト(会員向け案内) https://www.mph-kanzai.jp/customer

※12 imidas「NOVA 問題」(2007 年会社更生・負債 439 億円) https://imidas.jp/genre/detail/F-113-0030.html

※13 ヒフコ NEWS「アリシアクリニック 分割払い停止・返金対応」 https://biyouhifuko.com/news/japan/10326/

※14 消費者庁 特定商取引法ガイド「特定継続的役務提供」 https://www.no-trouble.caa.go.jp/what/continuousservices/

※15 消費者庁 特定商取引法ガイド 相談事例(エステの中途解約・違約金上限) https://www.no-trouble.caa.go.jp/case/continuousservices/case05.html

※16 女性セブンプラス「エステ業界、7 期ぶりプラス予測」(矢野経済研究所調査・都度払いと信頼回復) https://j7p.jp/170511

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